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ジェイソンとキンニクの事件簿Ⅲ

走れジェイソン〜第一部 ご利用は計画的に〜

ジェイソン(ぼく)は激怒した。
「なっ…何でまたお前の依頼なんかを受けなきゃなんないんですかッ!」
「んだよー。困ったときはお互い様だろ、ジェイミー」
「ジェイソンだって言ってんだろーがァァァ!! しかもジェイミーって女の子の名前でしょーがッ!」
 ……

 僕は人体骨格模型のジェイソン。
 この学校が建って約五十年。僕はそのころからずっとここに居座っている。…多分。
 そして、僕と今話していたのは、永遠の宿敵、人体模型キンニクバージョン--略してキンニクだ。
 さっきもそうだったように、いつも名前を間違えるというムカツク奴だ。

 僕達理科模型は、用がなくなると格納庫--理科Ⅱ教室(ちなみに理科Ⅲ教室まである)を廊下をはさんで向かい側にある、物置き状態になっているところに仕舞われるという仕組みになっている。
 その中で、事件は起きた(らしい)。

 今日は六月十三日。格納庫から出された僕達は、理科Ⅱ教室に持っていかれた。
「よぉ。ジェームズ」
 キンニクが軽々しく声をかけてきた。
「ジェイソンですって以前から何度も何度も言ってんでしょーが! いつになったらちゃんと正しい名前で呼んでくれるんですか」
「じゃあジョンソン」
「だからジェイソンだって言ってんでしょーがっ!!  何かそれ『○ョンソン・エンド・○ョンソン㈱』かと思われるから止めてくださいよッ!!」
「ジャック、静かにしろ。先生にバレるぞ」
「だからジョンソンだって言ってるだろーが--っ!! ……あれ? ジョンソン? それともジェイソン? あれー?」
「ハハハ。自分の名前を間違えてんじゃねーぞ、ジェイソン」
「って僕の名前覚えてるじゃないですか!!」
「……まぁ、それは置いといて」
「って、置いといちゃダメしょ! ってか僕の話聞いてる!?」
「ちょっと、お願いがあるんだが」
「…は?」
「依頼、したいことがある。解決してくれねーか?」
「はァァ!?」

 ……で、冒頭に戻る。

「で、依頼って何ですか」
「聞いてくれよー。俺が格納庫に仕舞われていたときのことなんだけどなー…半分サンが……」
「あぁ、あの半分サンがまた何かやらかしたんですね」
 半分サンとは、何故か語尾に(嘲笑)とか(威張)とかをやたらとつける、ムショーに偉そうでキザっぽい奴で、本名を『人体模型半分バージョン』と言うのだが、本人はキンニクの本名に似ているという理由で『筋肉・皮膚合成模型』と名乗っている。
 いつも、とまではいかないが、よく何かめんどくさい事件を引き起こすというお騒がせな模型(ヒト)だ。 「…うーん、まぁ…そうだな」
「何でそんなに言葉を濁すんですか。お前らしくもない」
「まぁ、ちょっと来てくれ」

 キンニクに言われてついていった(というか、僕は筋肉がないので筋肉があるキンニクに運んでもらった)先は、理科Ⅱ教室だった。
「あ、キンニクさん!」
 そう声を掛けてきたのは、僕達の後輩にあたる、天球儀模型のリーことリーエンスだった。
「よぉ。待たせたな」
「大丈夫アルヨ! …それより、例の件を助けてくれるって本当アルカ?」
「あぁ。こいつが助けてくれるそうだ」
 キンニクはそういって僕を引っ張り出し、自分の前に立たせた。
「はひ!?」
 予想外の展開に、僕は思わず変な声を出してしまった。
「それは頼もしいアル! よろしくお願いします」
 リーは目を輝かせて僕の手をぎゅっと握りしめた。
 僕は慌ててキンニクの方を振り返る。
「えっ、ちょっと待って! 依頼ってお前のじゃないんですか!?」
「いや、こいつを助けてほしいってのが依頼だ」
「あ、そうなんですか…」
 キンニクのむちゃくちゃな返答に、何故か納得してしまった僕であった。
「おい、お前! こいつにいきさつを教えてやれ」
「判ったアル! …あたしネ、ちょっと前まで格納庫に仕舞われていたアル。そのとき、ちょうど半分サンの近くに仕舞われていたカラ、何かとよくお世話になったアル。そこで悩み事の相談トカ、占いってのをやってもらったアル。あと、黒魔術とかいうおまじないもやってもらったアルヨ」
「え、ちょっと待って! その最後の奴、すごくヤバイですよ! 半分サン、そんなヤバイことしたんですかっ!?」
「そんでネ、格納庫から出るときにネ、『ここに仕舞われている間、占いなどをしてやっただろう。それの請求書がこれだ(微笑)』って言って何かでっかい紙切れ渡されたアル。…何て書いてあったと思うアルカ?」
「え、何って…そんな急に言われても……」
 急に話を振られて、僕は一瞬戸惑い、言葉を濁した。
 すると、リーはぷるぷると震えだした。
「相談・占い一回につき百万円、黒魔術(おまじない)一回につき百五十万円で…合わせて二千百五十万円って書いてあったアルヨっ!」
 彼女はそう言って、近くにあった何かよく判らない黒いものを蹴った。
「ってそれ、完全にぼったくられてんじゃないですかっ!」
「でネ、『あんた何様のつもりネ!?』って言おうと思ったら……あいつ、あたしが紙見てる間にどっかに行ったネ!!」
「…いかにも半分サンらしい演出ですね……」
「感心してる場合じゃないネ! 今日の予鈴--要すんに午後六時十五分までに金払わないと、キンニクさんの筋肉が一部盗まれるネ!」
「おっ…オメーっ!! ちょっ、それ言うなっつっただろーが!!」
 リーの失言に、僕はすかさず喰いついた。
「……ふぅ〜ん。そーなんですか。表面的には困っている後輩を善意で助けようとしているように見せ、本当は自分の身体の一部が盗られるのを阻止しようとしていたってことですか。ふ〜〜ん」
「ジェっ…ジェイソン、それは誤解でっ…」
「後輩をダシに使うような、極悪非道な模型(ヒト)だったんですね。へーえ」
「ち、違っ…」
「とっ、とにかくアル」
 リーが僕達の会話に割り込んできた。
「ドヴォルザーク(←予鈴の際に流れる曲)が流れるまでに払わないと、筋肉盗られるアル。ジェイソンさん、お金貸してネ」
「はぁ!?」
「だってあたしお金ないモン。貯金こんだけネ」
 と言って、彼女は小さな袋を出し、ひっくり返してみせた。
 ちゃりーん。
 十円玉一枚が出できた。
「って、これだけぇ!? 足りねーよ!! 何の足しにもなんねーよ!! 今どき十円じゃ何も買えませんよ、それ!」
「んだとコルァ!! 十円なめんなヨ! 十円アメくらいは買えるアル! あんた絶対十円に泣くタイプネ!」
「…おい、ちょっと……」
 キンニクはえらく深刻な顔つきで僕たちの会話に口をはさんだ。
「何だよキンニク!! 急に口はさむなよ! 今すっごく大事な話してんですから!」
 キンニクは教卓の上にある置時計を指差した。
「…今、六時十分なんだけど」
「……はァァァァ------------っ!?」
「あっ…あと五分しかないアルカっ!?」
「冗談じゃないですよ!!  僕もあんまりお金持ってないんですからっ!!」
「…うっそぉぉぉ------------んっ!!」
「冗談アルよねっ!? 冗談アルよねっ!? マジだとか言ったら絶対ボコボコにするアルヨ」
「…本気(マジ)
 僕はぼそりと呟いた。
「うぁぁぁぁ--------------っ!!」
 リーが大絶叫して僕に握りこぶしを振りかざした。
「おっ、落ち着けって!! ちょっ、本気でボコそうとするんじゃねーよ!」
 暴走しかけたリーを必死で止めにかかるキンニク。
 しかし彼女はその手を払いのけようともがいた。
「放すアル! あたしこの人ボッコボコにしないと気が済まないアルっ!!」
「奴をボコすのは金を払った後にしろっ!! 今は大切なカモだ!」
「ってお前、僕のことを所詮そんな程度のものとしか考えていなかったんですか!? 呆れた!」
「いやっ…ちょっ…違っ…」
 ちゃ〜んちゃちゃ〜ん、ちゃ〜んちゃちゃ〜ん、ちゃ〜んちゃちゃ〜んちゃちゃ〜ん♪ 「…あぁぁぁぁ---------っ!! とうとうドヴォルザークが流れはじめちゃったアルヨ〜っ!!」
 ドヴォルザーク…もとい、ドヴォルザーク作曲『新世界より』の第二楽章--『家路』という合唱曲でもおなじみの、あの哀愁ただようメロディーがゆったり流れ始めた。
「いやああああ!! 早くおうちに帰らなきゃ!」
 キンニクが似つかわしくない口調でそんなことを叫んだ。
「ってお前は女子高生か!」
「違う!! 女子中学生だ!」
「そんなんどーでもいいッ!!」
「よくねーよ!! 女子中学生と女子高生は全然違うだろーが!!」
「てかこんなこと話してる場合じゃないネ!! どうするアルカ!? 時間もお金もないアルヨ!!」
 リーがムリヤリ話題をもとに戻した。
「どうするってお前、もうありのままの状態で半分サンとの待ち合わせ場所に行くか、このままトンズラこくしかねーだろ」
「って、トンズラこくのはさすがにダメでしょう! 僕たち一応正統派なんですよ! 悪いのはむしろあっちなんだから!」
「じゃあもう半分サンのところに行って『ごっめ〜ん お金、こんだけしか持ってないの〜。アハッv』という言葉だけを残して、さっさとトンズラこくしかねーな」
「何でそこでトンズラこくんですか!! 何そのトンズラに対する異常な執着は!!  僕たちは正統派だって、さっきから……」
「よっしゃ〜!! その作戦で行くアル!! そうとなったら待ち合わせ場所へ出発進行〜♪」
「って、模型(ひと)の話、聞けよ!! しかも何でそんなにハイテンション!? 僕たち今からお金を払いに行くんですよね!? 大体もう時間過ぎちゃってるのに今更待ち合わせ場所に行ったとしても……って、あれ」
 僕は自分の言った言葉に引っかかりを覚えて、ツッコミを中断した。
「どうしたネジェイソンさん! 何かイイ案でも思いついたアルカ!?」
「あの、意気揚々としているところにこんなことを訊くのはなんなんですが……その『待ち合わせ場所』って、一体どこなんですか?」
「……あ」
 僕の素朴な質問に、一同は唖然とした。
「いや、リーさんとキンニクは、もう前もって事件解決のための打ち合わせをしてるから、『待ち合わせ場所』と言っただけでどこのことを言っているのかがすぐ判るんですよね? その打ち合わせに出てない新参者の僕がその場所を知らないのは当然です。まぁ、僕が知らなくても二人の後を付いていけば判るとは思ったんですけど、やっぱ知っておいた方がいいかと思いまして……って、あれ?」
 一人でペラペラと喋っていた僕は、二人があんぐりと口を開けていることに気が付き、喋るのを止めた。
「どうしたんですか? 二人とも。さっきからずっと口を開けたままなんですけど」
 僕が訝しがって尋ねると、リーから思わぬ答えが返ってきた。
「……待ち合わせ場所って、どこアルカ?」
「…さあ?」
「って、お前らも知らないのかよ!! 今までどこか判っていない状態でずっと話してたんですか! それってむしろすごい才能ですよ!! ちょっと感心しちゃいましたよそれ!  というか、どーすんですか!  どこか判らなかったら言って話してトンズラこくどころか何もできませんよ!」
「ふざけんなよジェイソン! このまま何も言わずにトンズラこくくらいはできるぞ!」
「お前はいい加減トンズラこくことから離れろ!! ……リーさん、とりあえず例の請求書を探して、待ち合わせ場所が書いてあるか、書いてあればどこなのか調べて下さい」
「ちょっと待つアル! えーっと、請求書は……」
 リーは足下にある書類の束をがさがさと探った。
「あったぁ!! ……えっと…『P.S.代金は本文中に示した時刻、私が君のところへ伺う。待っていろ(微笑)』って書かれてるアル」
「…………」
 少しの間、沈黙が流れた。
「慌てた意味、ないじゃん!!」
 僕がその静寂を破ると、それに便乗してキンニクも喋り始めた。
「マジでだよォ!! 誰が『待ち合わせ場所』なんて単語(ワード)出したんだよ!!」
「お前だよ!」
 キンニクの怒声に、僕とリーは異口同音にツッコんだ。
「…あはっv そぉだっけぇ?」
「そうだっけじゃないですよ! ちょっと前に言ったばかりじゃないですか! 自分の発言くらい覚えとけよ!!」
「まぁまぁそんなこと気にすんなって〜。あんま気にしすぎてたら、ハゲるぞ?」
「ハゲるぞって、僕元から髪の毛なんてねーしっ!! てゆーかそんな楽観主義じゃダメでしょ!! リーさんの先輩として、自分の発言に責任持たなくてどーす…」
 --刹那。
「フハハハハハ。お困りのようだな諸君(嘲笑)」
 僕の言葉を遮るように、背後から声がした。
「げっ!!」
 僕たちは驚いて(というよりもイヤな予感がして)ばっと振り返ると、その声の持ち主の姿を認めてうめいた。
「ぎゃああああっ!! でっ、出たアル〜〜っ!!」
「なんだ、その『お化けが出た〜〜っ!!』みたいな言い方は」
 リーが超失礼な言葉を叫ぶと、その声の持ち主--噂の半分サンが不服そうに言った。 「まぁいい。…ところでチャイナ君、お金のほうは?」
「あたしチャイナ君じゃないアル。というか、あんたみたいなぼったくりに払うお金なんてないネ」
 反駁するリー。 「おやおや、その様子だと払えないようですね(憐憫)。仕方ない、キンニク君の筋肉を……」
「--ま、待ってください!」
 僕の口から思ってもみなかった言葉がするりと零れ出た。
「ほう?」
「…ぼ、ぼくが、払います!……でも、お金は今手元にないんです。それを取ってくるために、三時間だけ、待っていただけませんか? もし、僕が三時間後に戻ってこなければ……キンニクの筋肉全てと内臓一式を盗って下さい」
「……ほう。まぁ、いいだろう。では、三時間後の八時十五分に理科Ⅱ教室に来い(約束)」
 僕たちのやりとりをに、キンニクは青ざめた。
「おい! 何言ってんだジェイソン!」
 すると、半分サンは不敵な笑みを浮かべ、キンニクに向かって言い放った。
「どうせ関係ないだろう? ジェイソン君がここに戻ってくれば、君の筋肉は無事なのだから(嘲笑)」
「……っ!」
 キンニクは、その言葉に何も言い返せなかった。
「では、三時間後、ここで待ってるぞ。--行け!(号令)」
「ちょっ、ちょっと待て!! ジェイソン、お前、筋肉ないから動けないんじゃなかったのか? どうやって行くつもりだ」
 キンニクの質問に、僕はふっと笑った。
「僕もバカじゃありません。格納庫に仕舞われてるあいだに、改造したんですよ」
「マジでか!? どんな改造したんだ」
「ちょっと見ててくださいね」
 僕はそう言って軽くかがみ、台についている赤いボタンを押した。
 ウィィィィィ---------------ン。
 スタンバイ音が無人(でも模型はいるよv)の教室に響き渡った。
「僕の乗ってる台に、モーターを付けて、それをもとから台についている車輪と接続したんです」
「スゲェ!!……で、ちなみにそれはどこから調達してきたんだ?」
「……理科準備室」
 理科準備室とは、理科Ⅰ教室の隣にある、いわば理科の先生たちの職員室みたいな部屋だ。
「やっぱり……なんかソレ、先生の机で見た気がしたと思ったら……」
 僕の返答に、キンニクはがっくりと肩を落とした。
「まぁ、心配せずに待っていて下さい」
「そうアルヨ。ジェイソンさんを信じるネ」
「……アンタが言えることじゃないでしょ……」
 僕がリーの発言にツッコミを入れると、台に付いてるボタンの横の赤いランプが点灯した。準備完了の合図だ。
 僕はキンニクに向かって右手を高く挙げ、言った。
「じゃ、三時間後に!」
 そして。
 シャ------------ッ!!
 僕は勢いよく理科Ⅱ教室の前の廊下を走り始めた。
「--待ってろよ、キンニク!!」

 『ジェイソンとキンニクの事件簿 走れジェイソン』第一部 完
 第二部へ続く!!

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